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開封された手紙――世紀の日食を終えて 


ニュースで流れるアメリカ皆既日食の映像、その神秘と美しさに感動していた。
特に一度太陽が隠れた後、再び現れる光の輝きには涙が出るね。
卑弥呼様!と叫んだ古代人の気持ちが分かるな。



映像を見るとやはりちょっと羨ましい。
生きているうちに一度でいいから皆既日食を体験したいなと思った。
日本で皆既日食が見られるのは2035年9月2日。
このブログを見ているほとんどの方はまだ寿命を迎えていないだろうけど、私はどうかな。予定では微妙。

*

ところで太陽のサビアンシンボル獅子座29度『人魚』を過ぎて、日食明けは
30度『開封された手紙』
となる。

この度数は個人チャートであれば「隠し事のできない人」の意味。
思ったことを何でもオープンに言ってしまう人物像を表す。アセンダントがこの度数の人はオープンな反面、本音のまま生きるため叩かれることが多くなる。
まさに毎日ツイッターで暴言を吐き続けるトランプ氏そのものではないか……(トランプ氏はアセンダントこの度数生まれ)。
寒気がすると言うより、頭痛がするくらい当たっていて嫌になる。

トランプ氏の生き方を眺めればマイナス要素しか思い浮かばないシンボルだが、全世界に広げて見れば決して悪いことばかりでもない。
隠し事は明るみに出るだろうし、トップ同士のホットラインも繋がりやすい。
隠し事をしたい権力者にとっては冷や汗が出る度数でも、大衆にとってはプラスとなりやすいはずだと思う。
いよいよ隠されていたトップの悪事が公になるか。
または隠れていた概念や集団が表舞台に表れるのか。

現在の大統領の出生度数にて、皆既日食が起きたことも象徴的。
偶然にしては出来過ぎている。


私は、とりあえず核ミサイルのボタンが押されなくて良かったと胸を撫でおろしている。
しかし頭上ではたくさんの戦闘機が飛び交っていた。
現実に軍隊も警戒モードにある。

いったい、「開封された手紙」の内容とは何だったのだろう。
国家トップにいない我々には知ったことではないのだが、世界が公平になるための良い手紙であればいいと祈っている。

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2017年8月、日食のサビアンシンボル 


いつも空を通過する星々には触れないのだけど。
(トランジットについて書き始めるとそれだけで記事が埋め尽くされるため。ここは占星術専門のブログではなく、あくまでも筆者のプライベートブログです)

今回はせっかくの歴史的天体配置となるから、少しだけアメリカ8月21日のシンボルを読んでおくか。

メインのシンボルは、日食となる太陽の獅子座28度。サビアンでは29度。
大洋の波から浮上した人魚が、人間の形に生まれ変わろうとしている

混沌とした海から、ぼんやりと立ち上がった黒い影がついに肉体を持つ。
乙女座直前のここでイメージが地上的な形に変わるのだね。
これまで皆が架空の存在だと思っていたものが、現実の肉を持って動き出すのか。
(追記。または、「魚」に象徴される未熟なモンスターが消え、ようやく人類は人らしい意識を持ち始めるということか)

この「人の姿をした者」こそ水瓶座15度の月食で始動した、「フェンスの上のラブバード(月食時点では影に隠れて見えない)」たちだろう。
今までは表舞台に上がらず世界の裏側で仕事をしてきた者たち。
あるいは、抑圧されてきた人々。
現実の力を持たないと思われていた人々が結集し、とうとう舞台へ上がり始めるのだと思う。

具体的には誰なのか――、危険だから書かないでおこう。
陰謀論好きな人は短絡的な想像をするだろうが、少なくとも彼らは悪さをする目的で現れるのではないはず。

今、世界の真実は反転する。
むしろ「悪」とは今まで「善」の看板を掲げてきた集団のほうだったと人々は気付く。
人類を分断し苦しめてきたこの悪を消滅させるために、真実の太陽が姿を現すのだろうか。
(まるで、天岩戸伝説だな)

他に注目すべきは、ワシントンD.C.の14時台で見た場合カルミネートとなる金星のシンボル。
蟹座25度 『超越的な力の降下によって、意志に満ちあふれていた男の影が弱くなる
このルディア文(松村訳)のままシンプルに解釈すれば、なんとなくトランプ氏の力が弱くなるイメージ。
(ジョーンズ文:「右肩越しに突然投げられた黒い影または外套」)
「超越的な力の降下」は、スピリチュアル的にではなく現実世界に当てはめて考えると、まずいシンボルだ。ストレートに見れば核ミサイルがイメージされる。ロシアまたは中国の参戦となるか?

やはり気になるのは月食の時に太陽と合となっていた火星だろう。
日食時、この火星のシンボルは獅子座21度 『興奮した鶏が、ふらふらと羽をばたつかせて飛ぼうとしている』。飛べないのに飛ぼうとする鳥。
最悪だ。落ち着け、トランプくん。

ソーラーサインにした場合、天王星がカルミネートとなる。
改革の星が天頂に来るとは象徴的。
天王星シンボルは牡羊座29度 『天球の音楽』で宇宙から祝福の音楽が降り注ぐのだが、改革を祝すための音楽なら地上はどうなるのか。

しかもこの天王星を頂点として、太陽・月(日食)、土星が緩やかなグランドトラインを形成する。
グランドトラインは「完全なる調和」を表すいっぽう、「歯止めが効かない」という側面を持つ。
膨張の木星が土星、火星と絡んでいるのも気になる。

このたびの日食は、人類の未来にとっては良いものであり天上からの祝福も降り注いでいるが、今の時点で地上に生きている我々にとっては嫌な出来事を迎えることになりそうだな。



一般に占星術では、180度や90度を「不吉」とし、120度や60度を「吉」とする。
これは個人チャートの場合、120度などが重なる人のほうが出世するように見えるからだと思う。

でも本来、宇宙の法則に「不吉」も「吉」もない。
単にエネルギーが拘束されるか、解放されるかの違いだ。

180度が重なる場合は拘束されるため「減速」し、120度は解放されるため「加速」する。
これを社会の出来事に当てはめた場合、実は120度のほうが危ないことがある。

抑圧されたエネルギーが大きければ大きいほど、解放されたときのエネルギーも大きい。
むやみに慌て騒いでも仕方がないが、改革を迎えるための心の準備だけはしておこう。

[edit]

8月8日の月食、水瓶座15度について 


時間がなくて言及できなかったが、22日の一大イベント・於アメリカ皆既日食の前に、8日の月食があった。
この月食は水瓶座14度~15度で起きた。

当ブログで水瓶座14度(15度)のサビアンシンボルについて度々書いてきたので、よくこの度数生まれの人が検索して訪れてくださったけど、今回も来られていたのかな。※
だとすれば今回この度数に言及せず、すみません。

罪滅ぼしに……
水瓶座15度のサビアンシンボル解釈に詳しい、良質なサイト様を見つけたのでご紹介。
(専門性の高いサイト様だから初心者の方にはやや難解かもしれない)

 ⇒8/8の満月・月食 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)
少し引用させていただきます:
今回のサビアン・シンボルは、月・太陽ペアで進めていきたいと思いいます。まず最初のベースになるペアは月が水瓶座15°の『フェンスの上で唱う2羽のボタンインコ』。そして太陽が獅子座15°の『ページェント』です。ページェントとは、元々歴史的な出来事を祝ったり記念したりするパレードのことを指します。日本で言えば山車やホコが練り歩く、各地方のお祭りの感じに似ているかな。また、今の時代はいわゆる「美人コンテスト」を指すことも多いようです。とても獅子座らしい、華やかなシンボルですよね。

この2つの対極シンボルの共通点を今回の月蝕に的を絞ってひとつだけ挙げるなら、それは『隔てるもの』だと言えるんじゃないかな。一方はこちら側とあちら側を隔てるフェンス。もう一方は「見る者」と「見られる者」を隔てている「見えない垣根」です。

フェンスの上で唱う2羽のボタンインコ。。 ボタンインコはとても華やかな色の羽根を持ち、ラブバードと呼ばれるくらい愛情深い鳥だと言われます。なのでフェンスの上で唱う歌も、きっと優しい愛の歌なのかもしれません。なんだかとても平和で楽しげなイメージ。。 水瓶座の中間点で、至福の愛を唱う小鳥のカップルは、水瓶座の社会的スローガンとも言える愛と平和、自由と平等の理想を映したシンボルにも見えます。ひと組のカップル、2羽のインコはグループや社会の最小単位。パートナーとの出会いは、獅子座が追求する個の表現 — てっぺんに立つひとり — とは決定的に異なります。「1」と「2」の間には、果てしなく大きな人生の空間が拡がっています。全てと手を繋ぎ合うことの第一歩 — 誰かと真に向き合うこと — への道程は、わたし達にとって一生をかけた大きな挑戦になるかもしれません。 


詩的で、素晴らしい解釈。
こういう詩的な解釈文が私は好きだな。
こんな文に触れると、改めて占星術の醍醐味は文章表現にこそあり、と思う。

しかしサビアンシンボルは詩的だからこそ、初心者の方には曖昧に感じられ分かりづらい場合があるかもしれない。
イメージを際限なく広げて何にでも当てはめる罠に陥る人もいるだろう。

特に現実世界を読むマンデーンの場合には意外と解釈を狭くし、陳腐で子供っぽい(ストレートな)読み方をしたほうが分かりやすいように思う。
そうすると美しかった詩文のイメージが一気に世俗な気配を帯びるので残念な気分になるのだが。まあ、「占い」を道具として使うのだと割り切って。

たとえば水瓶座15度を今の現実に落とし込むなら――
「ラブバード」が立つ「フェンス」とは何のことだろう?
そう、昨今何かと話題の境界線のこと。
すなわち、トランプ曰く「国境の壁」だったり、お隣の半島を横切る「38度線」だったり。
(追加。「宗教の壁」もあるね。キリスト教VSイスラム教)
世界の人々を分断する境目のことだ。

分断を超越して、平和の歌を歌っている者たちがいる。
地上の争いとは関わりのないところで。楽しげに。

国境を笑(嗤)え。
差別を笑え。
追加、一神教同士の愚かな覇権争いを笑え。
地上の争いから超然として、平和の歌を歌え!

スポットライトを浴びる世界リーダーたちの裏で今、こう思っている者たちがいるということだ。
しかも月食が象徴しているように、彼らの姿は目に見えない。
言わば「物言わぬアンチ」たち。
表明はしないが、内心でファシズムに反発している人たちが大勢いるのだろう。たぶん私もその一人。

続いて、8日の月食のメインとなったのは水瓶座16度。
「偉大なビジネスマン」。
日の目を見ない場所で……または「黒幕」として世界戦略を練っている者がいるらしい。
「黒幕」と言っても権力主義者ではない。水瓶座が表している存在だから、完全合理で完全公平(フラット)。
その合理・公平に歯止めがない場合はAIによる管理社会といった怖い未来が思い浮かぶが、今はエゴイズムの対極、つまり獅子座の太陽を牽制しているだけなので安全かな。

これら対立する月と太陽に、木星は120度と60度。つまり調停している。
木星のシンボルは「男二人が拘束されている」。
ここでもまた二元論のイメージが重なるのは不気味だが、差別され抑圧されている者こそが世界の鍵となることを意味しているのではと思う。

表面で見えているよりも、世界の多くの人たちは調和的で協力的であるらしい。

いずれにしても水瓶座の月食をプロローグとした今回の日食は、「古い価値観の終焉」のきっかけになりそうだ。

またしても今回の日食を「人類滅亡のしるし!」だと言って騒いでいる人々がいる。
彼らが主張するように、今回の日蝕に「33」という数字が絡むのだとすれば、たとえ破壊があったとしてもその先には平和な平等社会が待っているだろう。
その平等は、これまで権力を貪り快楽殺人に浸ってきた悪の宗教にとって、確かに「世界の終わり」であるように見えると思う。




ちなみに個人レベルではもう少し曖昧に、詩的な解釈をしたほうが正しくなるはず。
上のサイト様の通り、全ての人にとって「ギアの切り替え」が起き得る時だとするのが正しい。

ただし出生チャートに今回の日食・月食度数が深く絡む人は、より具体的に注意して読むべきだろう。
たとえば、出生アセンダント上を日食・月食が通過する場合は、「生まれ変わった」と思えるような人生の変化が起こる可能性がある。

と言う筆者は、まさにASC水瓶座15度生まれなのだが。(苦笑)
今のところ何も変化はないけど、心の奥深くでは「ギアの切り替え」が起きているのかな。


※過去に書いた水瓶座15度に関連する記事:
松村著『マスター占星術Ⅱ』サビアン新解釈比較
「「ラブバード」の答え合わせ 」

[edit]

雑談。松村ヘリオセントリックの「地球星座」は当たるのか? 


松村潔先生がヤフーでこんな占いコンテンツを開設していることを知る。

 ⇒【業界震撼】星占いの常識を覆すガリレオ理論 地動説占星術

ヘリオセントリック。
これは現実の天体に合わせ、太陽から見た本物の惑星を観測し占う手法。
占い方は一般の占星術と同じ。
ただし太陽視点なので、地球も「惑星」の一つとして参加することになる。

これだと「惑星」は現実に「太陽系の惑星」であるから、わざわざ「占星学上の・空想としての惑星」などとややこしい言い換えをしなくていい。と言うことは一般の方でもイメージしやすいのでは?

※占星術ではかつての天動説の名残りで、太陽など惑星ではない星も「惑星」と呼ぶルール(ガイド霊たちとの共通言語)になっている。この現実の天体に合わない独特のルールが一般の人にとって分かりづらく、占星術の理解を妨げているらしい。

ヘリオセントリックは昨今、欧米で普通に取り入れられている手法のよう。
またしても松村先生主導で新たな占星術を導入されて、嬉しい。

でもヤフーのコンテンツには驚いた。
なんと顔写真付き。松村先生はあまり顔を出さないイメージなので、少々意外だ。
コンテンツのタイトルにも、
 ・泣かされるのは【貴方⇔家庭】不倫相手のゲス本性/心底想う人/恋末路
 ・メディア殺到【恋占SP】地球星座で暴く“相手の7大現実”宿縁/全相性
等々、日ごろ品格ある文章表現を選ぶ松村潔なら絶対に思いつかないだろう表現が並ぶ。
全体に恋愛占いが中心となっているのも松村先生らしくない。
ご著書では、恋愛占いで釣ろうとしていないところが好きだったのだが。
ああいうタイトルはサイト作成の担当者が考えるのだろうな。
「このタイトルでなければ売り上げ、伸びませんよ!」などと脅して許諾を迫るのか? 下衆だな。

だからと言ってこのようなビジネスを受け入れた程度のことで松村先生に失望する、ということはないのだが。
(どちらかと言うとヘミシンクジャンキーだったという話のほうが不快)

推測するに、松村先生はあの膨大な著作の文章量のわりに得た見返りは少ないはず。
少しはビジネスで稼いでくださったほうが支持者としても嬉しいし、安心する。



松村氏のビジネスに関してはともかく、肝心のヘリオセントリックが当たるかどうかについて。

「今までの12星座に納得していない(太陽星座が当たらないと感じている)貴方に贈る ―― ヘリオセントリックで占う新たな運命」
と仰るのだが、どうなんだろう。

皆さん、ご自分の「地球星座」当たると感じますか??

私は地球星座までも【水瓶座】なので判定不能。
さすがにアセンダントから月から地球まで【水瓶座】では、自分の中のどの部分がどれを表すのか分からない(笑)。
参考: 筆者の出生チャート

そこで手持ちのデータの中から、性格をよく知っている人たちについて占ってみたのだけど、うーん……。
微妙かな。
「地球星座」がその人の個性・本性として当たっているとは言い難い、という感想を持った。


データから例を挙げるわけにはいかないので、有名人の中から分かりやすい例を挙げる。

たとえば、ナポレオン。
太陽星座【獅子座】 地球星座【水瓶座】 アセンダント星座【蠍座】
ホロスコープ:https://ameblo.jp/astrodienst/image-12062177286-13397002387.html

彼は代表的な獅子座の人物として語られる。社会的な生き方が文字通り「王道」の獅子座だったからだ。
ただし、彼の本性・個性が【獅子座】であったかと言うと疑問。いったい、ナポレオンの本性のどこに獅子座らしい明るさや無邪気さがあるのか? 
トランプ米大統領と比較して欲しい。(トランプはASC獅子座)
トランプは恥ずかしげもなく権力を求める、我がままで子供っぽい王様。しかしプライベートでは明るく無邪気、親切であるため身近な人々からは絶大に慕われている。これこそテキスト通りの獅子座らしさ。
いっぽうナポレオンのプライベートは物静かで陰鬱。学校でも目立たないタイプだったので、学生時代の友人たちは後に有名となったナポレオンがかつての学友だと気付かなかったという。この通り、ナポレオンの根本の性格は明らかに【獅子座】ではない。

だからと言って、ナポレオンに地球星座【水瓶座】っぽさはなおさら感じられない。ナポレオンのどこに宇宙的で、公平で、いつも遠くのことばかり考えている浮世離れしたところがある? 
ナポレオンが「人類愛、博愛」を語り出したら気色悪い(笑)。
彼が水瓶座の要素を持つことは全く想像しづらいと思う。

ナポレオンの本性には、
・怪しいカリスマ性
・冷静な計算高さ
・目標を狙う執念深さ
・獲物を獲得するための絶大なパワー
があった。獅子座より水瓶座より、アセンダント【蠍座】のイメージに最も近いと思うが。

このナポレオンの一例だけでも、「地球星座」はあまり当たっていないように思う。まだ「太陽星座」のほうが、社会に見せていた顔として腑に落ちるな。
私の友人知人で占ってみてもだいたいこのような微妙な結果だった。

手持ちのデータの中では一人だけ、「地球星座」らしい要素を持つ人がいた。
ただしその方は、「地球星座」らしさを身に付けようと日々努力しているように見える。
その方が緊張を解き無意識となったとき、(つまり最もプライベートの態度でいるとき、)やはりアセンダント星座が前面に出て来る。

思うに、「地球星座」つまり太陽側から見た地球の方向は、その人が「他人からこう見られたい」という願望なのではないか?

遠くに見えている惑星という時点で、それは自分自身を意味する「主体」とはなり得ない。一回または数回の転生における人生目標とはなり得るが。
「主体」から自分の姿は見えないはずだろう。見えない自分を知る手がかりは、自分の立つ場所のみ。すなわち地上に生まれ落ちたときに見える地平線――アングルしか考えられない。

惑星はあくまでも人生にストーリーを与える具体的な出来事を表す。つまり、人生のコンテンツ。
(松村氏は惑星を「内臓」と表現している。それでもいいと思う。地上で動くための肉体であるのだから。ただし肉体という乗り物を動かしている主体は魂なのであり、肉で作られた内臓などではない)

コンテンツの中でも実行するのが困難なのが太陽だと思う。
地球から眺める太陽ですら遠いのに、太陽視点の地球を体現するなどほとんど不可能だ。
たいていの人にとって「太陽からこう見られたい」という願いはあまりにも遠く、叶えられない。
しかし中には大変な努力で叶えている人もいる。たぶんそれは何度も転生したのちに訓練で身に付けた資質と言えるだろう。
または他の惑星から来た人、とか?
地球人のなかでこの資質を身に付けている人は滅多にいないので、ヘリオセントリックが「腑に落ちる」と感じる人はかなり少ないのではと推測する。

だからと言ってこの占星術が役に立たないわけではない。

松村先生はよく、「鏡関係(180度)を意識せよ」と言う。そして対極の度数も併せて読み解くことを重視する。
これは対極の度数から流入するエネルギーが常に何らかの形でその度数に影響を与えているから。
「地球星座」はちょううど、太陽星座と鏡関係に当たる。
と言うことは「ヘリオセントリック/地球星座」こそ、松村先生の日ごろの主張を現実化する手法だったと言えるのではないか?

対極の度数が重要だという考えに私は賛成。
魂は対極それぞれの要素を身に付けなければ完成しない。=中国で言うところの「中庸」
対極(他者視点) と本性が一致する の要素を取り入れ補完することは、地上で生きる魂の最終目標だろう。※




余談。

上のサイトで、松村先生が
もしかしたら貴方は、これまでの占星術を使う“いわゆる12星座占い”で、
「牡羊座だから、正直で不器用なんだよね」
「蟹座なら、お料理やお菓子づくりはお手のものだね」
そんなふうにレッテルを貼られて、当たっていないと不満に感じたり、納得できなかったりした経験はありませんか?
と書かれていることに驚いたな。

「太陽星座は自分らしくない。星占いは全く当たっていない」と感じる人々が多く存在する(むしろほとんどの人がそうだ)という事実を、現役の占星術師が暴露することはタブーのはず。

松村先生も長年、「太陽星座がその人の本質個性」とテキストに書いてきた。
太陽星座は当たっていない、と気付いていながら業界に気を遣ってあえて真実を語らなかったのか。それとも無自覚に習慣に従っているだけなのかは分からなかったが。
もし太陽星座が当たっていないと気付いていたなら、プロの誠実としてもっと早く言ってくださるべきだったと思う。

テーマ: 占いカウンセリング

ジャンル: 心と身体

タグ: 占星術 

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月星座のサイト、お薦め 


月星座について、大変詳しいサイト様を見つけたのでご紹介。月星座に特化したサイトのようです。月齢カレンダーもあるので助かる。
前記事の「オーソドックスな月星座解釈」リンク先もこちらに変更しておきました。
 ⇒MOON CICLEさん「あなたは自分の月星座を知っていますか?」

例として、筆者の「水瓶座」のページより引用。
http://moon-cycle.net/sign/moon/aquarius.html
あなたの月星座、水瓶座がどんな意味を持つか知っていますか?

水瓶座は、12星座の中でも指折りの革命精神を持ち、豊かな発想力やアイディア、インスピレーションに恵まれた星座です。
その水瓶座を「月星座」に与えられたということが、あなたの人生にどんな影響を与えるか知っていますか?

「月星座」は一般的な星占いでおなじみの「星座」、つまり「太陽星座」とは別のものです。
月陽星座が表すのは、その人が「内側」に本来持って生まれたもの。
例えば、社会の中で自分を積極的に表現しようとする時には姿を隠しているけれど、本当はあなの心の奥底にある欲求。
努力して身につけなくても、本来あなたの中に備わっている能力や魅力。

赤線アンダーラインは筆者による。
このアンダーライン部分が、西洋占星術ではオーソドックスな月の解釈です。

私が言うとバカにされて信じていただけないのだが、最近の占星術だったらどこの教科書でも上の通り「内面」「本心」などと書かれているはずなので確認してください。

もう一歩進んで、どうして月星座が
「努力して身につけなくても、本来あなたの中に備わっている能力や魅力」
であるのか分析すると、前世の経験であるからです。
月星座に表れている性格は、過去の行動パターンであるために努力しなくても既に身に付いているわけですね。



/筆者はアセンダントも水瓶座であるために、この個性が月星座(前世)のものかアセンダント(本質)のものか自分でも判別するのが難しい。

ただし記憶によれば前世も身近な人々から「変人」扱いされていたのだから(笑)、客観的に見て水瓶座らしかったのだと言えるだろう。
おそらく前世の月は水瓶座ではなかったと思うが。

つまり前世の私はアセンダント本質のまま生きたらしい。
このため今世では、月までも水瓶座に置かれたのだと思われる。

タグ: 占星術 

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満月生まれと、月食生まれ 


トランプ米大統領が月食生まれで、しかもこの8月21日にアメリカ大陸で皆既日食が起こるというので、これは何かあると世界中の占星術師が注目している。

ただしいつものことながら、直前になってもその「何か」が何であるのか具体的には分からない。
世界トップレベルの占星術師でも起きてみなければ分からないと言うのだから、予知ツールとして占星術は意味がない! と批判されるのもごもっともだと思う。
それでも未来から振り返ると確かに星と地上の出来事がリンクしていたことが明白に分かるわけで、占星術が全くの迷信だとは、少しでも知識がある者なら絶対に言えない。
だから占星術は捨てきれない。

少なくとも、2017年8月21日前後はトランプ米大統領にとって忘れられない期間になると言えるだろう。
トランプ氏個人に限った事件なら良いが、彼は世界最大国家のトップリーダーなのだから我々も無関係ではいられないと思う。
「終わりの始まり」であるきっかけとなる事件が起こる可能性がある。
日本人も覚悟はしておいたほうが良いと思うな。
どう準備すれば良いのか、言えないところが悩ましいが。



いつものことながら社会的な話に流れ、よろしくないね。

もう少し個人に引き寄せて月食を考えてみようか。

一般に、占星術では「月食」「日食」をさほど特別扱いしない。
何故なら、「月食」「日食」はドラゴンヘッド/テイル(ノード=黄道と白道の交差点)に絡んで来るからだ。

キリスト教に侵された西洋占星術では転生という観念がタブーであるので、「カルマ」を表すノードに意味を持たせることは良くないと思われている。
(原理主義者たちに言わせれば、そもそも神域を冒す占星術そのものが罪悪なのだが。彼らが「悪魔」と呼んでいる太陽を中心に据える現代占星術などはもってのほかだろう。それでも異教徒っぽく白道を語るより罪が軽いのかも?)

そのため、プロの常識的な占星術師はノードを語ることを避ける。
証拠にオーソドックスな占星術のテキストで「月食」「日食」について言及しているものは少ないと思う。
書いているのは欧米で異端扱いされているジャン・スピラーのような、スピリチュアル占星術師を名乗る人々くらいだろう。

以上の理由から西洋占星術においては、「月食」「日食」は普通に太陽と月のアスペクトで読まれる。
月食なら太陽×月オポジションと見るし、日食ならコンジャンクションと見る。
ただ現実の人間と照らし合わせると、月食・日食生まれが通常のアスペクト解釈の方程式に合わない行動パターンを取るのは確かだ。



「日食」は置いておき、まずトランプ氏で話題となっている「月食」から考えてみる。

月食は太陽×月オポジション(180度)の日に起こる。つまり、満月の日。

180度は対立、葛藤を表す。
さらに太陽は表向きの性格、月は内面と見る※ので、古い占星術のテキストでは満月生まれについて
「表向きの性格と内面が葛藤して、アイデンティティが分裂する。精神病になりやすい」
などと脅迫的な文言が書かれているのだが、現実はそんなことはない。

西洋占星術ではないジャンルの占いによると、
「満月生まれの人は冷静で自信たっぷり。物静かな性格でも目立つ。モテモテの人気者、有名人となる人が多い」
であるらしい。
現実を眺めると確かにこちらのほうが当たっているのでは? 人気者となる芸能人には満月生まれが多い。
(同じく満月生まれである私の場合、「モテモテの人気者」というところは激しく外れているな、笑。優越という意味での自信もない。ただ、何事も確信犯ではある)

何故、満月生まれが確信犯的になるかというと自分で自分の内面がよく見えているからだろう。
よく月は「鏡」に喩えられるが、内面を照らし出す鏡が太陽の光に照らされているわけだから見え過ぎるほど見える。
他人から見ても本音が分かりやすい人となる。
本音を隠すことは苦手となるだろうから、「裏表のない正直な人」の印象で、そのため芸能人であれば人気を得やすいのだと言える。
いっぽう私のように、本音をオブラートに包むことをせず言うようになると嫌われる(笑)。私は悪い見本だが、嫌われる場合も必ず確信犯。


しかし……トランプ氏を見ていると、どうも彼は「確信犯」ではないという気がする。
つまり、満月生まれにも関わらず自分で自分の本音がよく分かっていない。
確かに彼は目立ちやすく有名となり、本音をオブラートに包まずに言う。そのために一部の層からの人気も獲得したのだが、実のところ本人は自分が何をやっているかよく分かっていないのではないか。

ここで「月食」がどういう現象であるか考えると、満月にも関わらず月が隠れてしまうこと。
はっきり見えていたはずの自分の内面が見えなくなってしまうわけだ。
これは他人から見て、と言うよりもまず、「自分=地球から見て」。

月食は地球から見ると疑似新月とも言うべき現象。
しかし新月生まれと決定的に違うのは、太陽と月が合(0度)ではないこと。
新月生まれの人は、前世と変わらない行動パターンで今世も生きることが許されている。このため行動は無意識的、自律的になる。無意識であるため新月生まれの人も自分の行動を意識しないが、慣れた振る舞いなので意識しなくても構わないのである。
いっぽう月食生まれの人は、前世と今世で違う行動パターンをする試練を課せられている。
(試練としてのハードルが高いかどうかは、太陽とアセンダントの距離・角度で測られる)
それなのに月食では前世の行動パターンは隠され、見ることができない。過去を参考にできない。
経験なしの人生に、暗中模索で挑むようなものだから足取りはおぼつかなくなるだろう。

大統領になってからのトランプ氏の迷走ぶりは、まさに「自分で自分がどうしたいか分かっていない」人のようだ。
彼はアセンダントが獅子座で不動宮であるために、主義主張は30年前から変わっていないはず。ところが歩き出すと元々の立ち位置を見失ってしまうので、実際の行動がふらつく。
この姿を外から眺める時、彼の本音がどこにあるか不明なように見える。
だからマスメディアは、「トランプが本音を隠している」と言うのだが、実は隠しているのではなく自分でもどうすべきか分からないだけだろう。

8月21日、獅子座の太陽がアメリカで皆既日食となれば、彼は現世の目標すら見失う。
まして、それは彼の本性であるアセンダントがある獅子座で起こる。
心の奥底から突き動かしていた、アセンダントの「主義」すら覆われて見えなくなってしまうということは何を意味するか――?
政策の迷走。
自分でも予期しておらず本来の主義でもなかった政策に、ついうっかり踏み込んでしまうのではないか。
おそらくその行動は彼のカルマによって始めから計画されていたシナリオであるはず。
我々にとってそのシナリオが最悪なものではないよう、祈りたい。




おまけの話。

「自分のアイデンティティがどこにあるか分からない」と悩む月食生まれの方がどうすべきかというと、太陽も月も本来の自分ではないことを理解するといいかもしれない。

月食も日食も、他の惑星に投じられる影。
軸となるアイデンティティは自分が立っている地上、つまり今自分が生きている「地球」にあることを意識するとたぶんラクになると思う。

魂が降りた「地球」は、「ホロスコープの外枠」として見えているASC・DSC・IC・MCに表されている。
特にASCが魂の故郷を表すコードとなるため、ASCを軸としてアイデンティティを持てば、月食・日食に惑わされることもなく道に迷うことはない。

たとえばトランプ氏も、あの獅子座らしいジャイアンキャラはASCに表れている。占星術を知らない人でも、彼が子供っぽい王様タイプであることを誰も否定しないだろう。そんな自分の本性に気付いていないのは、今では世界中でただ一人、トランプ氏自身だけだ。
もしトランプ氏が自己の本性を軸として確信犯になれば、人生の操作に誤ることもなくなると思う。
(ただあの年の人に性格改善を望むのは不可能なことだが。来世でがんばれ)




※「太陽は表向きの性格、月は内面と見る」: オーソドックスな占星術のテキストによる。
どこかのサイトで、「太陽=本音」「月=タテマエ」と解説していたのだが、それはさすがにオーソドックスな教科書にも反する誤りと言えるだろう。まして現実の人間性格には全く合わない。太陽中心主義もここまで作り話をするようになったら終わりだ。

参考/だいたいこれがオーソドックスな月の解釈。(リンク先を西洋占星術由来のサイトに変更)http://moon-cycle.net/moon_sign.html
"月星座"とは、あなたが生まれた瞬間に月が運行していた星座の位置です。
これに対して、一般的な星座占いで使われる「星座」は、 あなたが生まれた日に太陽が運行していた星座のこと。
厳密には"太陽星座"と呼ばれます。
自分の太陽星座は誰でも知っているものですが、月星座を知っている方は少ないのでは?
実は太陽星座が表すのは、あなたの社会的な面や人と接する際の傾向など、表面的な部分のみ。
これに対し、月星座はあなたの内面、心の深い部分にある傾向などを示します。


なお月は前世、そして今世の幼い頃の行動パターンなので、大人になってからの社会性格(太陽)よりは「自分らしい」と感じられると思う。多くの人が、「月こそが自分自身」と感じるのはそのため。
ただし、月が本性であるとも言い難い。月はあくまでも前世~今世の行動パターンで身に付いた、慣れた生き方。太陽よりは魂に深く浸透しているが、永久的な個性ではない。


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新時代へ願うこと 


ブログにログインすると軽めの話題を先に書こうとしてしまう。それで疲れ切って肝心の話ができずに終わるのがいつものパターン。(笑)

本当は、くだらない世間話を書くつもりはなかったのだが。

もしかしたらもう、卑近な話をするような時間は残されていないかもしれない。

実は占星術的に言っても、スピリチュアル的に言っても「新しい時代」は既に始まっているようだ。
星回りの計算上、2017年末~2020年にかけて本当に新しい時代のきっかけとなる出来事が起こるらしい。

「近所の奥様がどうのこうの」
といったくだらない話に耽溺できたのは平和な証。
それはそれで、平和が経験できて良かったねと言えるのかもしれないが、我々はあまりにもくだらないことに溺れ過ぎているのではないだろうか?

だからと言って妙な宗教に入って、修行など始めるのは違うけどね。
修行は全く必要ない。
宗教教義で押し付けられる受け身な修行こそ、くだらない。
そんなことで悟りが得られる(次元上昇できる)と考えること自体、地上的な妄想。

もう少し本質的に人生を眺め、時代を受け入れるスタンスで生きたほうがいい。



さて、では「新しい時代」とは具体的にどうなるのか?

いや、どうなって欲しいのか?

どんな未来が到来することをあなたは願いますか?

私は、きっぱり言っておくけど新時代では組織的宗教が消えうせることを願っている。
全ての争いと残虐な行いの言い訳となっている、人間が考え出したくだらない宗教教義は消えるべきだ。

ついでに人種の壁も消えて欲しいね。

これからはもう不幸な迫害と暴力で泣く人がいませんように。

全ての人が同じ魂を持って生きていることを知って、差別による争いがなくなる時が来ますように。

遠い夢想なのかもしれないが、とりあえず書いておく。書けば実現する時が来るだろうから。



関連する余談、
鏡リュウジ氏が読んだと言って紹介していた本に興味を覚えたのでメモしておく。

『多神教と一神教 古代地中海世界の宗教ドラマ』 (岩波新書)

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
人類の文明史五千年。うち四千年は古代であった。そのなかで地中海周辺は、神々のあふれる世界から唯一神崇拝の世界へとめざましい変貌をとげている。ここはまた表音文字のアルファベットが普及した地域でもあった。メソポタミア、エジプト、シリア、ギリシア、ローマへと広がる時空を一貫した観点から描く、壮大なスケールの心性の歴史。


占星術的に言えば、ちょうど魚座の時代の始まりに当たる二千年前に繋がる歴史を繙いたコラム。
魚座時代の終わりに臨み、参考までに読んでみたいと思った。

不思議な縁だが、このコラムに描かれた地域の歴史は私の過去生の記憶とも重なる。
ポンペイよりずっと昔、自分は地中海世界を転々と生まれていたらしい。
そして二千年前、西欧が一神教で征服される直前、ニアミスで東洋へ飛んだ。一神教が完全に国土を征服し尽くす時代を経験せずに済んだのは、幸運なことだったと思っている。
(単に偶然の幸運ではなく、先輩方がそのように計らってくださったのかもしれない)

だから水瓶座の時代、この宗教中心の世界が崩壊したとしても自分はすんなり馴染めるだろう。
むしろ長いことこの時代が訪れるのを待っていた気がする。

多くの人にとってこの二千年世界は血肉と魂に馴染んだもののはず。
私は、二千年前がついこの間に感じられるので
「たかが二千年前のカリスマごとき(笑)」
と思ってしまうのだが皆さまはそう簡単に思えないかもしれない。

だから変革の抵抗は激しいものになると予想される。
少々覚悟が必要か。

/ちなみに私は能力がないし無名だから傍観のつもりでいる。傍観するしかないと思っている、今のところ。
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自殺すると罰を与えられるのかどうか? 


何度もこのテーマで書いているな。
「同じ話ばかり。しつこい」と怒られるだろうけど、前記事でご紹介したサイト『自殺の甘い罠』に触れて改めて思うところがあったので書いておく。


こちらの「質問と回答」ページで見られるように、「自殺してはいけない」という主張には必ずと言っていいほど激しく絡む人が現れる。

絡む人の多くは、自殺したくてしたくてたまらない、強い自殺願望を持つ人なのではないかと推測する。
自分の願望を邪魔するような意見を書く人を見ると突っかかる。
どうにか相手を論破して、「自殺してOK」というルールを成立させたくてたまらない。

だけど現世の国会ではないのだから、反対意見を持つ相手を論破してもどうしようもないだろう。
管理者に文句を言ったところで、管理者は本から学んだことを伝えているだけであり霊界のルールを操作できるわけではない。
引用された本の著者ですら、「霊界の声を伝えただけ」と主張しているのだから思想信条をあらわした著作者とは言えず、クレームをつけても霊界法律を変える力はない。

だからこのような議論は常に滑稽で不毛に感じられる。



ただ、解釈における論理的破綻、という点だけは議論に価するかもしれない。

たとえば上の「質問と回答」ページで注目すべき議論は、
「うつ病で死んだ人は自殺者として罰せられるのかどうか?」
というあたり。

サイト主は、「うつ病で自殺した人も罰を受ける」と言う。何故なら、行為として自殺である限りそれは寿命の前に命を絶ったことになるから。
前田さんという質問者は、その論理的破綻に本能的に気付き、うまく表現できないながらも必死で指摘しようとしている。

何故、前田さんは論理的破綻を感じたのか?
分析すると、たぶん以前にサイト主が自分の考えとして、「特攻など国を守るために死んだ人は自殺にならない」と述べているからではないかと思う。

特攻が「自殺ではない」と定義されるのだとするなら、外形的な死因が自殺だった(自分で手を下したという見た目の行い)ことではなく、動機が人生放棄だったという内的意図のあることが「自殺」という罪の成立要件だと言える。

この前提があるにも関わらず、「うつ病での自殺も有罪となる」と言うのは論理的な危うさがある。
何故なら、うつ病での自殺は医学的に見ればほとんど不可抗力であり、「病死」と呼ばれることもあるからだ。
(うつ病患者の全ての自殺について完全に不可抗力であるとは断定できないが)

うつ病になる過程を、本人に責任があるとするのも疑問。
うつ病は脳の病であり、仕事上の負荷など外的要因で発病することが多い。つまり本人だけの責任とは言えない。

もしこれが地上の裁判であるなら、特攻の自殺を有罪としない判例があれば、裁判官は「うつ病での自殺」を有罪にしないだろう。判例上、罪が成立する要件に欠けると考えられるからだ。
これは例えばの話。現実の日本国の刑法では、自殺は刑法上の罪とされていることに注意。特攻で亡くなった人について、その自殺行為が有罪か無罪か争われた裁判はないので上のような判例はない)

霊界の方々が「うつ病での自殺」をどのように見ているかは知らない。
人間界より優れているはずの霊界で、人間界よりも劣る杓子定規の判決が下されるとは私には思えないがね。



死後世界について垣間見た体験のある私の考えを書いておくと、「自殺したこと」自体が罪で、神さまから罰を与えられるということはないと思う。

それどころか殺人その他どのような悪い行いをしても、神々など目上から与えられる「罰」は存在しない。

多くの臨死体験者や霊媒が語る、「地獄」は本物だろう。
自殺者や殺人者が味わう苦しみもたぶん、本物だ。

だがそれは自殺した霊が自分自身で閉じ籠もっている精神の牢獄に過ぎない。
「上から与えられた罰」と言うよりは、「激しい後悔」と言ったほうが正しい。

ただし自分で作り出した牢獄だからと言って甘いものではない
霊界では、後悔の状態は地獄そのもの。
神さまや閻魔さまなど、目上の存在が与えてくださる罰であったほうがまだ救いになる。

アドバイスをくれる存在を「神々」または「天使」と思い、人生計画を提案してくれることを「人生計画の許可」と思う人は、まだ少し魂として若いのかもしれない。
霊界の先輩たちは、未熟な我々を手助けしてくれているだけのことで罰を与えたり許可を与えたりする権限まではない。

バーチなどの言う
「因果の法則」 「全ては自己責任」
という言葉をもう一度深く考えて欲しい。

それは非常に厳格で、最も冷たいルール。
誰からも判決を下されることなく誰からも罰を与えられない。
誰かが許可して人生計画が決定するわけでもない。※2
ただ徹底して厳しい、自動的な因果の法則があるだけだ。

その自動的な法則のことを、人は地上で「神さまの判決」だと思い込んでいる。
何故そう思いたいのかと言うと、「神さま」という意思のある存在だったらミスして甘い判決を出してくれることがあるかもしれないからだ。
ひょっとしたら、言い訳をして訴えれば情状酌量があるのではないかと夢観たいのだ。

でも現実の宇宙にはミスがない。
恐ろしく無機質なエネルギーの運動があるだけ。

はじかれたボールはそのエネルギーを受けて転がる。エネルギーは別のエネルギーを受けない限り絶対に変更されないだろう。
この厳密な物理学に似た法則に、「神さまのミス」での情状酌量・恩赦はない。



こう言ってもまだ「自殺すると罰を受ける」と思うなら、少し地上での教育に洗脳され過ぎていると言える。
特に自殺者を差別するように教育されているキリスト教徒は、洗脳の度合いが強いだろう。

上のサイト主さんも、
 最後にお願いなのですが、Mさんは「スピリチュアルに関しての知識は皆無です。」とおっしゃりましたが、できれば自ら進んで(私への質問以外で)学ぶ意欲をぜひ持っていただければと思います。
と仰っているのだが、スピリチュアル本以外も読んだほうがいいかもしれないと思った。

スピリチュアルの本ばかり読んでいると
「自殺は罪」
「罪だから罰を受ける」
という思考に陥りやすくなるかと思う。
スピリチュアル思想はキリスト教圏で生まれたため、多くのスピ系書物はキリスト教の教義に汚染されているからだ。
(その証拠に、スピリチュアル本ではキリストを迫害した者たちに過酷な罰が与えられていると説かれている。ところが、現実に人類史上最大数の虐殺を行っており、人類史上最凶の残虐な行いの限りを尽くしてきたキリスト教徒たちが受けた罰については一言も触れられていない。これほど一宗教だけに肩入れした、不公平な世界観はない)※1


もちろん「自殺しないほうがいい」という意見に私は完全に同意だ。
後悔の牢獄は激しく苦しいものだし、転生しても苦しい。

「ヘミシンクをして死後体験をすれば霊界に慣れるから、自殺してもすんなり死ねる」
と宣伝している人を見かけたときは激しい憤りを感じた。
自殺を推奨するような意見をネットで書くなどとんでもない。

エネルギーの法則から言って、自殺すれば転生したときに同じ人生を歩むことになる
もしかしたらもっと過酷な人生になる可能性もある。
だから絶対に自殺という選択肢は選ぶべきではない。
辛いことがあるならその場から逃げてもいいので、生き延びる道を選択して欲しい。

上のサイトを読むことで自殺に恐怖を覚え、思いとどまる人は多いだろう。
その救った命の数だけサイト主さんは素晴らしい行いをしたと言える。最高の人助けだ。
前記事にも書いたけど、信念を持ってこのような善行をしているサイト主を心から称えたい。

ただし上サイトを読む人へ言っておくと、一宗教に汚染された偏った概念によって、「自殺した人は犯罪者」とは思い過ぎないほうが良いと思う。(サイト主さんには自殺者を犯罪者として責める気持ちは微塵もないだろうが、読む人の中には誤解して差別心を持つ人もいるはず)

日本人は虐められて自殺を選んだ人に同情を寄せる優しい民族だ。
いや、本来、人間は虐められて自殺した人を嘲笑できるほど残虐ではない。
誰が悲しい死を遂げた人の死体を嗤いながら踏みにじることができるだろう? 
そんな、人間の本能に逆らった残虐な行いができるのは、頭のおかしいカルト宗教の信者だけ。
そんな異常な宗教に汚染されて、自殺した人の死体を踏みにじったり、その人の家族を迫害するような行いだけはしないで欲しい。
そのような非人道的な行いこそ地獄行き決定だ。





※1 現実には、残虐行為を貪ったキリスト教徒も死ねば激しい後悔の地獄へ落ちている。むしろ他の宗教信者よりも残虐な行いをしているので、最も激しい苦しみに落ちているだろう。
因果の法則は厳格かつ完全平等で、宗教によるエコひいきなどはない
キリスト教(あるいは他の一神教)が説いている、「我々の宗教に入信すれば誰でも無条件に天国へ行ける。どのような残虐な行いも赦される。異教徒は積極的に殺していいから、思う存分に異教徒殺人を愉しめ」という教義など嘘だ。
ただキリスト教圏で出版される書籍でこの真実を書けば反発を受けて読んでもらえないので、出版社または著者がカットしているか、霊たちが伝えていないだけ。シルバーバーチなどの高級霊が、「キリスト教徒だけは霊界で特別にエコひいきしてもらえているから安心しろ。キリスト教徒は自由に殺人をしてもいい」などと言うはずがないだろう。

殺人を推奨し、何をしても赦されるという教義を信じて快楽殺人を貪った信者たちは不幸だ。これから永久に等しい期間を苦しんで過ごさなければならない。彼らは何度も同じ宗教の信者に生まれ変わって、殺人して地獄に落ちるというループを繰り返している。いったい、いつ目覚めるのか。気の毒に思う。
だが「自分は詐欺に遭った」と怒るのは間違っている。
魂の本能に逆らい、残虐な行為を愉しんだ責任は自分にある。

キリスト教徒やイスラム教徒の中にも、残虐な行いに手を染めず、奉仕の精神で善行に生きる人はいるだろう。
同じ宗教に入っていても受け取り手の意識で信じる教義は変わってくる。
結局は、どんな環境に生まれたとしても魂の本能に従うかどうかが問われている。

もちろん一神教のもとに生まれた人は教義の罠に沿って生きることになるので、それだけ人生が難しくなるとは思う。何故その環境に生まれたのか考えたい。おそらくは自分が過去にした行いによってそのような難しい環境に生まれているのだから、反省して試練をクリアすべき。


※2 「誰かが許可して人生計画が決定するわけでもない」について。
実際には生まれる前、ガイド霊たちが人生計画を提案するらしい。だがそれはあくまでも「提案」であって、目上からの「命令」でも「許可」でもない。
ただ因果の法則で自動的に決まる選択肢のうち、マイナスのカルマ(エネルギー)を解消するための人生計画を教えてもらっているだけのことだ。
その人生を選んで地上に生まれるかどうかは霊自身の意思による。たいていはマイナスのカルマを解消したいので、提案を喜んで受け入れるらしい。

快楽を貪る都合の良い人生を選ぶことができないのは、エネルギーの法則による。選択肢は自動的に決まる。
エネルギー法則に逆らわず、なおかつ最短の道で成長するための人生計画を立てるのは非常に難しい計算が必要なので、若い魂には無理であるらしい。だから先輩たちが考え、提案するのだろう。

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自己を捧げ尽くした人の死後 


安易で危険なスピリチュアルに誘われる人を眺めていてうんざりしたので、しばらくスピリチュアル話を書かないように心がけていたのだが、現実の話ばかりしていたら私自身が疲れ切ってエネルギー不足になってしまった。

現代は本当に、地上の欲だけ貪る人たちが多い。
貪るために平然と汚いことをする。堂々と嘘をつく。
そんな人々はいつの時代にも存在するので諦めているのだが、現代が特殊なのは、欲深い嘘つきのほうが圧倒で称賛され支持されること。何故、支持されるのかというと、多くの人が「自分も欲を貪る側へ行きたい」と思っているから。現代ではそちら側の人間が圧倒的多数。――このことが耐え難い。

セレブのお宅訪問や、不倫の話題ばかりに鼻息荒く飛びつく人々を見ていると、どうしようもない孤独を感じる。

こんな世の中を眺めているくらいなら、いっそ中学生的な、『ムー』のような異次元の趣味に浸ったほうがまだ退屈しのぎになって良い。

そう思って最近、寝る前などにネットのオカルト板まとめなどを読んで楽しんでいた。

パラレルワードとか、予言とか、昔懐かしい感じの古典的オカルト話が並んでいて面白い。
もちろんほとんど作り話なのだけど、商業主義に走った一般小説より遥かに才能を感じて愉しめる物語ばかり。



ところで、それら「オカルト板まとめ」に紛れ込んでリンクされていたサイトに、こんな良サイトがあった。

 ⇒『自殺の甘い罠』

よく見かける、スピリチュアル本からの抜き書きサイト。
だが、ただ抜き書きしているだけのフリーライド・サイトではなく作者の主張もちゃんとある。

信念を持って誠実にサイトを作られているのが感じられる。
ここまでの時間と労力をかけてサイトを作るという行為がどれほど凄いことか。私には出来ないことなので、とても尊敬する。

読みやすく、的確な引用でよくまとまっているのも有難い。

著作権法的にちょっと危険 いや完全にアウトかなと思う箇所もあるが、「霊的学習」を推進している本の著者たちは著作権侵害で訴えないだろう。霊性を布教したいなら文句を言うべきではないと思う。
(念のため書いておくけど、私の小説は既に有料創作となっているので著作権フリーとはしません。再配布された場合はきっちり訴えますから気を付けてね)

上サイト本旨の
「自殺すると大変なことになる = 自殺すると罰を与えられる」
というご主張に関しては少しだけ反論したいところもある。

だけど概ね、私も同意見。

特にこの引用部分は今の私の心に響いた。
 これらのリーディングを受けた十八人の人たちは、一九四二年から一九四四年までの間に、あらゆる場所からケイシーの所にやって来ました。その教育歴や社会的背景、職業の選択は大きく異なりをみせています。その過去生も今生と同じく個々別々でしたが、共通する特徴、魂の性質がいろいろな言い方で繰り返し表現されているリーディング共通の言葉から浮かび上がってきます。次にそれを列記してみましょう。

「……その人は地上での生涯のほとんどで、とことん自分を捧げ尽くした。」

「……もらうよりも、常に人にとことん与えつくす人である。」

「他のことを思いわが身を捧げる人である。」

「どの世界にあっても人の発展のために身を捧げる人である。」

「利己主義はその人の存在の中にはない。」

「……そして、己を征服することこそ、数多くの世界を征服するよりはるかに偉大なことなのだ。」

「そのように、人は己を奉仕に捧げる時のみ目覚めるのである。聖なる愛が現されてきた、今も現されているために、あなたは他に与えてきたものを所有しているのだ。それこそ、成長と目覚め、意識が育っていくための方法である。」

 この人たちは今生では外見上はまったく異なっていましたが、人に奉仕するためには利己的興味を捨て去ることも辞さないという、共通点があります。奉仕、そして捨て去るものだけを得るという聖書的な戒めを説いているのは、この人々のリーディングだけではありません。沢山のリーディングが、人への奉仕が神への最高の奉仕なのだと説いているのですが、この特殊グループのリーディングは一貫して、私たちがそれを実行に移し魂の資質としてしまうまでは、地球に戻ってくるか否かを自分で決定できる段階に至ることはないと言っているように思われるのです。

『地球卒業者18人の過去生』(P.212-214)

ケーシーか……、まだこの頃のリーディングには道義があったのだな。
嬉しいね。

最近のスピリチュアル本は、「引き寄せの法則」などと言って自分の地上での欲望を叶えることばかり推奨していて、全く奉仕の精神が説かれていない。まるで自己の欲を貪らないことや、利己主義を忘れて他者へ奉仕することが犯罪であるかのよう。

上の引用のような言葉に触れると孤独が癒される。
私も全く同意見だ。
(今の私には、「とことん自分を捧げ尽くす」ということは出来ていないのだが)

この他に
「人は自分で自分の人生を計画して生まれてくる」
という話も私が普段から考えている通り。

占星術家も、最近のスピリチュアルマニアも、「自分で自分の人生を計画して生まれた」という話を信じようとしない。
皆さん、いつまでも神=運命との闘いに溺れていたいらしい。あるいは神に溺れるかのどちらかだ。

彼らを眺め、宇宙に一人きりで浮かんでいるかのような感覚でいたが、上のような言葉に触れると孤独ではないと感じる。

サイト主様には上の言葉をネット上に置いてくださったことに感謝。
しばらくこのサイトを読みふけろうと思う。


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プラネタリウムの惑星解説から冥王星が消えていた 


この間、相模原博物館のプラネタリウムへ行ったと書いたが、プラネタリウムでも常設展示でも冥王星が抹消されていて複雑な気分になった。

冥王星そのものに触れないようにするかのように表示自体がない。
太陽系惑星として扱われた過去などなかったかのよう。

まるで罪を犯した人の情報が社会からこっそり削除され、始めから存在しなかったものとして扱われる様を見ているようだった。
政治界や芸能界を見ているようであまり気分が良くない。



冥王星が天文学界の「惑星」という基準に当てはまらず、「惑星」から「準惑星」へ転落したことは理解する。
だけど長いこと人類社会で太陽系惑星として扱われてきた星を、これほど急に「なかったもの」とするのはいかがなものか。

冥王星がプラネタリウムの解説から削除されたということは、今後、ほとんどの子供たちは「冥王星」という星の名前さえ知らずに育つことになる。
教科書でも教えないようになるのだろうか。
世代間で話が噛み合わないギャップがまた一つ増えるな。

話が噛み合わない、程度なら笑い話で済むが。

占星術では未だに冥王星は重要な星だ。
占星術の書物を手に取れば必ず冥王星が載っているし、その星が人類へどれだけ影響を与えてきたかの解説にも多くのページが割かれている。
そんな書物に触れた子供たちはまず
「メイオウセイって何??」
と耳慣れない単語を調べ、歴史を学ぶことからスタートしなければならない。余計な手間だよな。

占星術をよく知らない人たちは、非科学的な分野のことはどうでもいいと嘲笑するだけだろう。
まして
「天文学界が冥王星を削除したんだから占星術からも削除すべきなんじゃないの。占いってそういうものでしょ」
と思うのが一般の方の発想。
驚いたことに同じ声が占星術界からも聞こえてくる。
だけど、私はその考え方は間違っていると思う。

“占星術はどうして当たるのか”
というテーマにも関わって来るのでまた別の機会に詳しく書くが、その惑星が象徴する未来が当たるかどうかは大きさや重力などではなく、社会に影響を与えている度合いこそが重要
その「社会」とは、人類だけではなく太陽系に関わる意思(魂)たちも含まれると推測される。
このため人類が惑星を発見したかどうかに関わらず、古代から影響力※を持っていた惑星がある。冥王星はその代表。
だから一時の天文学界基準に合わせて、それまで惑星として扱われてきたメジャーな星を占星術から削除するのは間違っている。
(逆のことも言うと、社会においてまだメジャーとなっていない小惑星を、発見されるたびすぐに加えて占うことも間違っている)

さらに占星術が人間の社会に与えてきた影響は一般の方が想像するよりも大きい。
特に冥王星の発見が欧米に与えたインパクトは絶大なものだった。
近代欧米の歴史を読み解くとき、背景に寄り添う冥王星を無視するのは難しい。

このように冥王星は天文学だけではなく歴史にも関わるから、一分野の先生方の考えだけで情報そのものを消し去るのはどうかと思う。

プラネタリウム等の学習施設では、
「かつて太陽系の惑星に冥王星が加えられていました」
程度の解説があってしかるべきでは?




※「影響力」: この記事では占星術における惑星の重要さを「影響力」と書いているが、これは便宜上。
実際は天体の動きが人や社会へ影響を与えているわけではない。天体は時間軸・空間軸を表す座標と考えられ、座標に合わせて社会のほうが動いている。つまり、天体は「後」に作用する力ではなく、「前」に存在するスケジュール枠とイメージしたほうが正しい。

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